花も実もある楽しい読書

人生万事トライ&エラー。外資系父さんおすすめの50冊

「周 理想化された古代王朝」佐藤信弥 歴史の読み方は現代のニュースの読み方に通じる

 キングダムでブームの秦の前時代、周王朝の概説書です。中国古代史研究者の著者が、中国各地で出土した青銅器に刻まれた「金文」を基にして、丁寧に周代史をまとめています。かなり専門的ですが、「史実と歴史書」の違い、「歴史的な事実と歴史認識」の差、というものが非常にわかりやすく理解でき、それは現代のニュースの読み方にも通じて、面白いです。

 我々は著名な歴史書やそれを踏まえて描かれた物語を「ほぼ」史実だと思っていますし、それが往年の有力な学説であれば、そのまま教科書にも載っています。しかし、歴史書は、時代の空気や権力者への忖度、著者の思いが必ず反映されるもの。今の世の「フェイクニュース」と一緒にしては言い過ぎですが、リアルタイムで発生した事実と、後年に著者の解釈付きで肉付けされた歴史書による歴史認識との間に、随分差があるのだということを、金文の解読を通じて気付かせてくれます。

 例えば、有名な司馬遷の「史書」。彼が執筆したのは、漢の武帝により、孔子の教えである儒教が国教化されつつあった時代。孔子の出身地である魯国のスター、周王朝建国の立役者である周公旦は、大いにもてはやされていたはずです。史記では、旧殷領統治を任された3人の高官が殷復活を目論んで起こした「三監の乱」という事件を、周公旦が鎮圧したことになっています。しかし近年公表された出土資料の金文によると、反乱の主体は旧殷領の人々で、3人の高官は反乱をおこす側ではなく、彼らによって殺害されていること、更に周公旦ではなく当時の王が自ら征伐にあたったことになっています。歴史的事実として周公旦と3人の高官は不仲ではあったようですが、それらの史実が、周公旦というスターを輝かせるために脚色されていったようです。

 周によって打倒された殷王朝は、紂王が妲己を寵愛し「酒池肉林」の贅と暴虐に明け暮れ、百官も酒に耽って軍務をおろそかにしたせいで滅亡した。このような歴史認識が一般的ですが、著者はこれもそのまま歴史的な事実とは信じがたいと言います。当時酒器として使われていた青銅器には鉛が多く含まれ、溶け出した成分による慢性鉛中毒は脳の障害にも繋がっていたようです。そのような社会的問題と、周などの新興勢力と既存勢力の政治的軍事的バランスの変化などにより、殷王朝は打倒されたのでしょう。周以降は、青銅器から酒器がなくなっていくようですが、道徳的な面だけでなく、社会問題対策でもあったかもしれません。

 春秋時代には、五覇呼ばれる英傑がいました。斉の桓公、晋の文公、この二人は決まりですが、残りの三人を誰とするかは説がわかれるそうです。諸説どれが正しいのか疑問に思うかもしれないが、実はその疑問に意味はない、とも著者はいいます。なぜなら当時に五人覇者がいたから五覇ではなく、最初に五覇という言葉ができ、それから誰を当てはめるかの議論が生じたと疑われると。本当のところは分かりませんが、英雄物語というテーマがあり、それにはまる人物をはめ込んでいく、というのは現代のドキュメンタリーにも通じることで、大いにあり得そうです。

 春秋時代、すでに周王は軍事的な力を失いつつありましたが、政治、儀礼的にはある程度尊重され続け、楚が侵略してきた際には、斉や晋が諸侯を取りまとめて撃退しました。斉は桓公の没後に力を失いますが、晋による覇者体制は、晋の君主が会盟を主宰、諸侯がそれに服するという形で120年以上も続きます。それが弱まっていくのは、晋楚の講和が成立して、同盟の対価としての貢納を払う理由が諸侯になくなっていったこと、更に楚が講和を破っても、晋が同盟国を率いて戦争を行わなくなったからでした。同盟が長続きしたのは、明確な仮想敵国とその対策としての実効性があったからで、それがなくなったり、それに役立たなくなれば、同盟は終わりを迎える。これも現代の国際情勢に相通じる事象です。

 流れてくる情報を鵜呑みにせず、一次資料にあたり、歴史やニュースを冷静に再確認していくことの面白さ、大切さを伝えてくれる本です。

周―理想化された古代王朝 (中公新書)

周―理想化された古代王朝 (中公新書)