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『哲学と宗教全史』哲学史・宗教史の流れと特徴がよくわかる

 我々の脳が現在の形まで進化した1万年前から、世界はどうしてできたのか、また世界は何でできているのか?人間はどこからきてどこへ行くのか、何のために生きているのか?人間は考え続けてきました。自然科学や遺伝子、脳科学的に、一定の答えは出つつあると言えるのかもしれませんが、人間の脳が1万年前から進化していないということは、何のために生きているのか?どう生きるべきなのか?とは、いつまでも続く問いでもあるのでしょう。

 人間は巨人の肩の上に乗っているから遠くのものを見ることができる。すなわち、自分たちの存在は小さいけれど、先人たちの偉大な功績という巨人の肩に乗っているのだから、それにプラスオンして学び、業績を残すことができる。哲学者とは考える人を意味するそうです。本書を通読することで、三千年の歴史に登場した思想家、宗教家、哲学者たちが、まさに先人の知恵の上に自らの考えをプラスオンし、発展させてきた流れがよく理解できます。この長く幅広い歴史を一冊にまとめるだけでも出口浩明氏はすごいと思いますが、独自の解釈や説明もとてもわかりやすいです。人それぞれに違う気づきが見つかるのではないでしょうか。特に印象的だったのは下記の3点です。

どのような思想にも背景がある

 偉大な哲学、宗教は、それぞれの時代に生きた哲学者、宗教家が、そのときの社会、人間の課題をどう解釈し、よりよく生きるかを考えたもの。強い使命感や問題意識の存在は言わずもがなですが、その人が生活した時代背景や政治体制が大きく影響するし、所属するグループを優位に立たせるための企てがあったのだということがよくわかりました。そういうことがあるということを、その背景も含めて知っておくと、自分とは立ち位置が違うと感じる思想も理解しやすいと思います。

 宗教の教義は、信者の指示を獲得、信者を拡大するため、当時の社会構造を踏まえて合理的に成立、戦略的に変容したようです。

 初期のキリスト教がローマで布教を始めた頃、ローマの庶民の間では、ペルシャ生まれの太陽神ミトラスを信ずるミトラス教と、エジプト伝来のイシス教が人気を集めていました。ミラトラス教の信者は、ミトラスの誕生日である冬至にはワインをパンに浸して血の代わりに飲み、イシス教の信者は、女神イシスが我が子を抱き、膝に乗せている像を敬愛していました。ローマでキリスト教を布教し始めた人たちは、イエスの誕生日を冬至の頃に定めてクリスマスとし、その日にパンを食べ、赤ワインを飲んでお祝いし、さらにはイエスを抱く聖母マリア像を作りました。このようにして人気のある新興宗教からアイデアを借用して展開した布教戦術は見事に成功しました。

 イスラム教の創始者であるムハンマドは、商人であり、市長であり軍人であった人で、最後は愛妻に看取られて自宅で死去した普通の人でした。そのような人がつくった宗教が、多くの人にとって受け入れ難い極端な思想や攻撃的な行動を教義とすることはおよそ考えられません。イスラム教の六信五行の教えは、まず「アラーが唯一の神であり、ムハンマドが最後の預言者です」と、信仰告白さえすれば、誰でも信者になれます。次に1日5回の礼拝。人間の集中力は1、2時間くらいしか持続しないので、気分転換とすれば案外合理的。第3が喜捨。これはお金がある信者は貧しい人たちに恵なさい、という教え。第4がラマダンでイスラム暦9月の断食。ちょっとしんどいけれどヘルシーな行。第5が、できれば一生のうちに1度は、ムハンマド誕生の聖地であるメッカに巡礼しなさい、と。いずれもそれほど無理はなく、それなりに合理的です。他人を攻撃ばかりしていては、そもそも商売が成立しません。今日でもイスラム世界のモスクを訪れると、周辺には迷路のように大きなバザールが広がっていることが多いそうです。

科学に先行しうる哲学のすごさ

 人は、まず先天的に空間と時間を把握している。その上で感性、目や耳の感覚でものごとを認識すると同時に、悟性、生まれながらに持つ枠組に対象物を当てはめて、そのものごとを認識する。18世紀の哲学者カントは、そのように考えました。

 2014年にノーベル生理学・医学賞を受賞したオキーフ博士は、このカントの説に触発されて、脳内の空間認識を司る部位を発見しました。また、感性で認識すると同時に、悟性の枠に対象物を当てはめてものごとを認識するという考え方は、我々の目から入ってきた情報が、頭の中で電気信号に変えられて、たとえば「これは赤い花である」と認識する、大脳生理学で明らかになった脳の構造そのものだといってもいいでしょう。カントは脳の構造を知らないまま、すでに未来を予見してしまったといえると思います。

人は言語で世界を規定する

 19世紀に活躍したソシュールは、近代言語学の父と言われています。彼はすべての言語は記号の体系だと考えました。たとえば、日本人はどこまでも広がる水面に「海」という記号つけ、その記号には白い波と松林というような概念を関連づけました。一つの言葉、この記号と概念のセットは、必然的な関係ではありません。日本語ではマグロとカツオは別ですが、英語ではどちらもツナと呼びます。英語で蝶はバタフライ、蛾はモスと呼びますが、フランス語では両方をパピヨンと呼びます。つまり、世界のそれぞれの言葉を話す人々は、自分の目の前に広がる世界を自分なりに整理して、すなわち世界に区切りをつけて(ツナか、マグロとカツオか)記号をつけることによって世界を規定、認識している、と。

 さらに、20世紀の人類学者であるレヴィ=ストロースは、ソシュールの言語論から一歩進め、社会の構造が人間の意識を形作ると考えました。同じ日本人でも、戦後の日本という社会が現在の日本人を作り、江戸時代と言う社会が江戸時代の日本人を作った。それぞれの時代の構造が、それぞれの時代の日本人を作っただけであり、どの時代にも通底する日本人の本質のようなものは一切ないのだと。このような構造主義の考え方は、今日では自然科学的にも正解に近いとされているそうです。

 1万年の間変わらなかった人間の脳の構造は、今後の1000年でも変わることはないかもしれません。一方、社会の構造は今後の100年で大いに変わりえます。これからも人は哲学や宗教を頼りにし、またその中身はどんどん変わっていくのでしょうね。

哲学と宗教全史

哲学と宗教全史

  • 作者:出口 治明
  • 出版社/メーカー: ダイヤモンド社
  • 発売日: 2019/08/08
  • メディア: 単行本